「その人間が邪悪である、不幸であるといわれるのは、いま現に彼がもつ状態との関連ではなく、彼がもたないか、今ではもたなくなってしまった状態との関連においてのことなのだ」p.69
「本質に属するのは、つねにひとつの状態、いいかえればひとつの実在性、完全性で[...]ある」p.69
「本質は、その本質のとる状態しかもちえないし、他の本質に変わるということもありえない」p.69
All my greatest hope is bounded on rope.
「その人間が邪悪である、不幸であるといわれるのは、いま現に彼がもつ状態との関連ではなく、彼がもたないか、今ではもたなくなってしまった状態との関連においてのことなのだ」p.69
「本質に属するのは、つねにひとつの状態、いいかえればひとつの実在性、完全性で[...]ある」p.69
「本質は、その本質のとる状態しかもちえないし、他の本質に変わるということもありえない」p.69
「フロイトは欲望の機械を知らなかったわけではない。欲望や欲望の機械装置こそ、精神分析の発見だと考えてもいい。」(『記号と事件』 P.37)
「フロイトが分析してみせた心的装置[...]を見ればたしかに機械装置とか欲望の生産や生産単位など、そういった面がきわだっているのがわかる。」(『記号と事件』P.38)
欲望する機械とは:
「あらゆる機械のなかにちらばっている種々の小機械と、あらゆる有機体の中に分散している種々の小組織体の間には、相互浸透や直接のコミュニケーションが存在する。」(『アンチオイディプス』P.341)
「真の相違は、社会機械であれ、技術機械であれ、有機体機械であれ、一方のモル的な緒機械と、分子の秩序に属している他方の欲望する諸機械の間にある。」(『アンチオイディプス』P. 341)
「一冊の本を読むには二通りの読み方がある。ひとつは本を箱のようなものと考え、箱だから内部があると思い込む立場。もうひとつの読み方では、本を小型の非意味形成機械と考える。そこで問題になるのは「これは機械だろうか。機械ならどんなふうに機能するだろうか」と問うことだけだろう。」(『記号と事件』P41)
「何かが伝わるか、伝わらないかということが問題になる。[...]電源に接続するような読み方だと考えていい。」( 『記号と事件』P41 )
「私たちは混合の状態を分析することが自分たちの使命だと考えているわけですが、それが私にとってはアレンジメントであり、同じものがフーコーの用語では装置と呼ばれていた。」(『記号と事件』P175)
「統一化の焦点、全体化の結節点、そして主体化のプロセスはアレンジメントのなかに見出だされる。」 (『記号と事件』 P176)
コミュニケーションについて
「私たちが管理社会にさしかかると、...恒常的の管理と瞬時に成り立つコミュニケーションが幅をきかすようになる。」P.350
「言論も、コミュニケーションも、すでに腐りきっているかもしれないのです。...創造するということは、これまでも常にコミュニケーションとは異なる活動でした。そこで重要になってくるのは、非コミュニケーションの空洞や、断続器をつくりあげ、管理からの逃走をこころみることだろうと思います。」
P.352